南河内郡太子町(Taishi-Town)
人口1万2千人の街、大阪府南河内郡太子町です。河南町より若干少ないくらいです。北は羽曳野市、西は富田林市、東は奈良県当麻町・香芝市、南は河南町、と均衡が取れた街並みと接している為か、賑やかな中にも、落ち着いたイメージのある2面性のある街、太子町です。またここは数々の史跡がある由緒ある土地です。小野妹子の墓、聖徳太子のゆかりの地、気楽に登山できる双子山・二上山、用明天皇の古墳など、昔この地が大阪府内・畿内でも重要な所であったことを示す遺跡がゴロゴロしております。最近は高速道路も開通しよりアクセスが便利になりました。

近つ飛鳥博物館の写真は河南町のページにあります。
▲太子町中心部
妙見寺から撮った太子町中心部の風景です。奥には二上山等の金剛山脈の山々が見え、大変眺めの良い所です。
▲叡福寺
聖徳太子墓を守護するために、推古天皇によって建立され、織田信長の兵火によって、一時は全山が焼失しましたが、豊臣秀頼の聖霊殿再建に始まり、順次伽藍が再興されました。
▲叡福寺内部
府指定史跡・叡福寺の内部です。金堂・聖霊殿・多宝塔・鐘楼・隔夜堂(石造阿弥陀如来坐像)等があります 。全て国指定・府指定文化財です。左に見えてる建物が金堂、奥に見えるのが二天門です。
▲向小路
叡福寺内から見た、向小路地区の風景です。奥には岩橋山、葛城山が見えます。
▲アングル変えて
叡福寺の入り口、南大門から見た一枚です。横断歩道のど真ん中に金剛バスが止まるのですから、さすがです。
▲西方小路
西方院へ行く時に通る所です。階段を上るとその上には西方院があります。
▲西方院
常行念佛最古の道場で、お念佛の根源の地です。聖徳太子と大変関わりが深い所であります。
▲春日
太子町の北東部、春日地区です。奈良県の香芝市、大阪府の羽曳野市に隣接しています。上にはまもなく開通する南阪奈道路が見えます。
▲太子町全景
太子町のニュータウン、聖和台をメインとした風景です。聖徳太子の墓が聖和台のすぐ南にあります。聖和台の名前の由来はそこにもあるのでしょうか・・・。
▲磯長
昔ここに磯長村があった名残です。日暮れ寸前の太子町です。この日はここで日暮れを迎えました。
▲太子温泉
温泉が沸いております。地元の老若男女が通いつめております。建物の中ではマッサージ機でリラックスするのも良いと思います。
▲六枚橋
太子町の中心部の全景です。町役場もこの写真の中に見えてるはずですが、良く分かりません。府道32号線、33号線、国道166号線がここで交わり、奈良へ行く人、奈良から来る人などで賑わいます。
▲大字山田
一見丘の上の住宅、の様に見えますが〜町のような町名はありません。バスも通っていて上ノ太子駅まで5分と掛からない距離です。ある意味富田林より交通の便は良いと思います。
▲科長神社
太子町山田にある神社です。平安時代の『延喜式』という書物に記録された、いわゆる式内社と呼ばれる由緒のある神社で、級長津彦命、級長津姫命など8柱を祀るために、八社大明神とも呼ばれています。毎年7月第四日曜日の例祭には、神輿と地車5台が出されて賑わいます。本殿の裏側には八精水と呼ばれる湧き水があり、当麻の刀鍛冶がこの水で刀剣を鍛えたと伝えられています。社宝には神功皇后が使用したと伝える雛形の小さな兜があります。(太子町HPより抜粋)
▲小野妹子の墓
科長神社南側の小高い丘の上に、古くから小野妹子の墓と伝えられる小さな塚があります。妹子は、推古天皇の時代に遣隋使として、当時中国大陸にあった隋という大国に派遣された人物です。妹子が聖徳太子の守り本尊の如意輪観音の守護を託され、坊を建て、朝夕に仏前に花を供えたのが、池坊流の起こりになったとされることから、現在、塚は池坊によって管理されています。(太子町HPより抜粋)
▲廃屋
小野妹子の墓に上る途中にある、明らかに誰も住んでないやろうと思われる家です。しかし施錠はされていました。中は一体どうなっているのでしょう…
▲山田地区
太子町東部の大部分を占める地区です。あの山を越えれば奈良県北葛城郡当麻町です。竹内峠は良く通りますがここは、そこから少し内に入った所です。
▲墓
この階段を上ると墓があります。墓の上には巨木が多い茂り、千数百年の年月の経過を物語っています。小野妹子からしたら私達は千数百年後の人類なのです(そりゃそうや)
▲墓標
墓の前くらいにこのような墓標があります。墓やからきっと薄暗い雰囲気かと思っておりましたが近くには家族連れも居てワイワイガヤガヤでした。
▲妙見寺
聖和台の東側の斜面にあるお寺です。地元の人?のであろうお墓が併設されています。
▲急勾配
写真を撮っているのは府道33号線から伸びた道路です、ダァーっと下って、底にあるのが府道32号線との交差点で、またダァーっと上った所にあるのが聖和台です。
▲御陵前
山田地区の西側(写真は東を向いています)、仏陀寺近くの風景です。山の奥側は、奈良県北葛城郡当麻町です。
▲祭り間近
この写真は7月に撮ったのですが、神灯が出ていました。太子の祭りは7月下旬、PL花火の直前に催されます。写真は
▲近つ飛鳥の里・太子
太子町・山田、国道166号線沿い、竹内峠の中腹にある、いわゆる「道の駅」です。休憩・軽食は勿論、ちょっとした買い物などもでき、まさに道の駅です。太子温泉はここからすぐの所にあります。
▲春日
ここは太子町の北端です。一応聖徳太子生誕の地です(笑)写真の撮影地は羽曳野と奈良県の香芝市と奈良県の当麻町と太子温泉(笑)に隣接する南河内グリーンロード上の眺めが良い所です。手前の住宅地は右の方が聖和台、左側が太子町役場付近です。
▲喜志方面
太子町太子地区から一枚です。といっても、ほとんどここは石川沿いの河南町・富田林市寄りでもう、すぐ先は富田林市です。写真は近鉄長野線喜志駅方面・富田林市西条町を向いて撮った一枚です。
太子町・南河内グリーンロード(広域農道)
【他市の広域農道】 羽曳野市/河南町/千早赤阪村/河内長野市  
▲広域農道・山田地区
この地区は単車は通る事は出来ます。竹内街道からこちらに入る道路があります。
▲広域農道・畑地区
写真でみるより実際の光景に圧倒されます。山がそこまで迫っている光景に圧倒されます。
▲広域農道から・太子I.C.(建設中)
建設中の南阪奈道路でして、この近くに料金所が建設される見込みです。南阪奈道路は美原町の美原北から分離してこの近くを通るとのことです。上の写真より若干右にアングルをずらしただけなんですが(笑)
▲千早赤坂・建水分神社
河南町の弘川寺からチト場所を移してこちらは千早赤坂にある建水分神社です。金剛バスの「水分」行きに乗った終点バス停留所付近にこの神社があります、夜なので一層雰囲気が醸し出されています
▲南河内グリーンロード(太子町「畑」)
河南町の右端を南北に貫く広域農道「南河内グリーンロード」です。同じ名前で太子町にもグリーンロードがあるのですが、そちらもお勧めです。写真の山の向こう側はすぐ奈良県北葛城郡當麻町・新庄町です。
▲南河内グリーンロード2(太子町「畑」)
これは1とは反対側を向いた写真です。広域農道はほとんど信号が無いので、晴れの日にはホントに気分良く走れます。ここ南河内グリーンロードは一部、単車通行規制がある区間があるので注意が必要です。
▲太子I.C.
開通後の南阪奈道路でして、写真中央には料金所が建設されました。南阪和道路は美原町の美原北から分離してこの近くを通ります。上の写真より時期をずらして撮っただけなんですが(笑)
▲南河内グリーンロード・太子
太子温泉の近くを走っている、南河内グリーンロードです。道の駅・たいしに近い所です。写真で見るより実際に訪れてみたほうが間近に迫る山の迫力に圧倒されます。


『源頼義の墓』は羽曳野市エリアの写真をご覧下さい^^
©Mavicism 南河内風景写真集